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畠山重篤と気仙沼カキ養殖復活の背景とは?ルイ・ヴィトンとの意外な関係は?プロフェッショナル仕事の流儀

プロフェッショナル 生活 食べ物 この記事は約 7 分で読めます。 1,762 Views

2017年3月13日(月)放送のNHKプロフェッショナル仕事の流儀に、カキ養殖50年の気仙沼の父・畠山重篤さんが登場されます。
 
 

畠山重篤さんは宮城県気仙沼湾で漁師としてカキの養殖をしながら「森は海の恋人」をキャッチフレーズに地元の漁師の方々と共に植林活動をを行うなどユニークな活動で知られています。
 
 

番組では6年前の津波で壊滅的な被害を受けた宮城・気仙沼で、ゼロからの復活に挑む畠山重篤さんに震災直後から8ヶ月間密着します。

今回は、そんなカキ養殖を営む畠山重篤さんについて調べてみました。

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畠山重篤さんが『森は海の恋人運動』を始めたきっかけ

畠山重篤さんが28年ほど前から進めている、『森は海の恋人運動』を始めるきっかけとなったのが、川によって運ばれてくる山の養分がカキが食べる植物プランクトンの生育に欠かせないことに気づいたことからだそうです。
 
 
その気付きは、畠山重篤さんが30年ほど前に行なったフランス視察にありました。
 
 
昭和39年ごろの気仙沼湾では海苔の生産量が急速に減少し、ホタテは死にはじめ、赤潮を吸ったカキは身が真っ赤に染まった「血ガキ」になっていました。

工場廃水や生活排水が増加し、沿岸からは小魚や小動物の姿がいつの間にか減り、河口に集まっていた天然のウナギはまったく捕れなくなっています。

一方、視察に向かったフランスのカキ養殖地の一つであるロワール川河口の干潟には、ヤドカリやカニ、小魚、シラスウナギがうごめいていた。
 
 
フランスの大きな牡蠣の産地を見るとそれは汽水域に多く、その汽水域に流れる川の流域を調べるために川を遡っていったら、落葉広葉樹の大森林が広がっていることを見つけます。

カキの産地は必ず河口で、しかも川上流には広葉樹の大森林が広がっている。

川の水と海の水が混じりある汽水域がカキの漁場にとってとても大事な場所であるが、カキの餌となる植物プランクトンは、森と川が育てているのではないかと畠山重篤さんは発見したんですね。
 
 
そこから、畠山重篤さんは、“森と川と海を繋げてカキの漁場を考えないとダメ”だと感じ森は海の恋人運動をはじめます。
 
 
畠山重篤さんたちが山に木を植える活動を始めようになり、次第に気仙沼のカキの漁場が整備されていきました。

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畠山重篤さんがカキ養殖の再開にあたりやってきたこと

『森は海の恋人運動』によって豊富な植物プランクトンに満たされた気仙沼湾。

牡蠣を作るには種がないといけませんが、お盆過ぎてから牡蠣の養殖を始まると普通は2年ぐらいかかるそうです。
 
 
ところが、正月明けになってみるとカキのイカダが沈みそうなほどカキが育っていたそうです。

畠山重篤さんは

牡蠣が成長しているんですよ。
『“牡蠣が食いきれないプランクトンがいる”』って思いましたね。

海からイカダを上げたら、殻はそこまで大きくないんですが、中身がすごくて、ピンポン玉のように大きく膨れてるんですよ!
蓋をしようとしても身が大きくて閉まらないんですよ。

と仰っています。
 
 

とはいえ、牡蠣を剥くところが津波で全部流されてしまったので、仮設住宅で作業されたそうです。

畠山重篤さんの住んでいた地域は52軒しか家がなく、しかもそのうちの44軒は津波に流されてしまいました。
 
 

ほとんどの人が仮設住宅にいるので仮設住宅でカキ剥きをしないといけないんですが、皆さんは『是非やらせてくれ! 働きたい!』って言われて、被災後ではありましたが一念発起して牡蠣剥きを始めます。

それで、震災から1年経たないうちに水揚げが始まりました。
 
 

畠山重篤さんたちは東京の築地の魚市場に出荷していますが、震災の年のカキの値段がものすごく高騰していたため、『牡蠣がそんなにあるなら、すぐ出荷してくれ!』って言われたそうです。

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ルイ・ヴィトンとの関係とは

フランスでは50数程年前にウイルス性の病気が流行して、フランス産のカキが全滅しました。

それを助けたのが宮城県のカキだったそうです。

宮城県は世界一カキの種が獲れる漁場で、これを東北大学の先生がフランスに持っていって実験したところ、フランスでカキがうまく育ったそうです。
 
 
そういった経緯もあって、今回の震災で、様々な形での支援をいただく中、フランスが海外からいち早く“牡蠣の恩返し”ということで、生産者の方々や水産高校の学生などから支援があったそうです。
 
 

ある日、パソコンを見ていると『ルイ・ヴィトンが支援する』というものを見つけます。

初めは『何かの間違いだろ!?』って畠山重篤さんたちは思ったそうなんですが、後日、ルイ・ヴィトンの社員の方が話しにきたそうです。
 
 

ルイ・ヴィトンは元々トランクメーカーなんですが、あのトランクの中は木なんです。

木の上に革を貼って世界一のトランクメーカーになったこともあって、森林にすごく関心がある会社だったんですね。

それに加えて、ルイ・ヴィトンの偉い方々全員カキが好きだったそうですww
 
 
自分たちの好きなカキが、宮城県のカキの種が最初だっていうことと、そのカキを作るのに山に木を植えていることに興味を示され支援をされたんですね。

牡蠣が食いきれないほどのプランクトン

震災の直後は、油タンクが流れたから油が多くて海が真っ黒だったそうです。

その海には魚はおろか、小さなカニやフナムシにいたるまで、海から生き物の姿が全部消えてしまいました。

そういうものがいなくなると、そういうものをエサにしている鳥もいなくなるんです。
 
 

 
それを見て畠山重篤さんは『海に生き物を育てる力がなくなった』と思ったそうです。
 
 
その後、京都大学の魚類学の先生から自然がどうなっているのかを調べる調査隊をボランティアで立ち上げ調査をされたんです。

すると、その調査員の方が『牡蠣が食いきれないほどプランクトンがいます!』って言ったそうなんです。

気にしていた“牡蠣のエサになる植物プランクトン”さえいれば、食物連鎖で生物が繋がっていくんです。
 
 
なぜ植物プランクトンが環境が壊れた海で死滅しなかったのかは、畠山重篤さんが今までやってきたことが活きた結果だったんですね!

京都大学の調査チームからの報告によると『20数年かけて川の背景の環境を整えてきたことが、海の復活に繋がった』ということだったです。
 
 

あれだけの津波がきても、これほど早く海が復活したということが、『“森は海の恋人”って真理だ』ということが実証されました。

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まとめ

フランスから帰国した畠山重篤さんは、直ちに漁師仲間にフランスの状況を説明し、気仙沼湾に注ぐ大川の上流に広葉樹の森を造ろうと呼びかけ、賛同した70名で「牡蠣の森を慕う会」を旗揚げしました。
 
 
しかし森と川と海との関連は感覚的に理解できても、科学的な裏付けがないのがもどかしかったと当時を振り返ります。
 
 
そこで畠山重篤さんは、松永勝彦北海道大学教授が、海藻が枯れる「磯焼け」について語っているのをテレビで見て、即座に電話をし翌日函館で会って話を聞気に入ったそうです。
 
 
海洋化学担当の松永教授によりますと、海の食物連鎖の基である植物プランクトンの生育にはフルボ酸鉄が必要であり、それは腐葉土層に含まれるとのことだったそうです。

後に調査に訪れた松永教授は、気仙沼産のカキやホタテの養分は90%が川から来ていることを明らかにしました。

 
 
これまで感覚だけで進められてきた、畠山重篤さんたちの森と川と海との関連も科学的な裏付けが取れたわけです。


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