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イエスの方舟事件の詳細は!?千石イエス(千石剛賢)の洗脳方法とは?

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千石撫子(せんごくなでこ)で思い出す「千石」姓と事件
 
 

いきなりですが「千石」と書いてセンゴクと読みますよね。

千石という名の地域や町名は日本各地にあり、千石さんという苗字(姓)も多いですね。

苗字の千石と言えば、今話題の「千石撫子(せんごくなでこ)」を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
 
 
撫子ちゃんもかなり不気味なところがありますが、
実は今から40年程前、やや現実離れしたような小世界を作って生活していた集団がありました。
 
 

イエスの方舟」という宗教団体で、その主宰者が千石剛賢(センゴクタケヨシ)という人物だったのです。
 
 
この小さな「イエスの方舟」が世の中(特にマスコミ関係)を大きく揺るがす事件の発端となりました。

今回はこの千石剛賢氏に関するイエスの方舟事件について触れてみます。

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「イエスの方舟事件」って?

この事件を知る方の中にも、当時のマスコミ報道を鵜吞みにしたまま今もって誤解している方も多くいらっしゃると思います。

方舟(はこぶね)源流

千石剛賢は大正12年(1923年)兵庫県加西市に生まれ、20歳で海軍に入隊しました。 

戦後、刃物工場を経営しますがうまくいかず職を転々とするようになります。

その過程で宗教にすがる思いが芽生えたのでしょうか、教会に通い始めるようになります。

1952年(昭和27年)、千石は関西のある聖書研究会に参加します。

数年後、千石は東京国分寺市恋ヶ窪で「極東キリスト教」を主宰し、研究会の仲間とともに共同生活に入ります。

これが『イエスの方舟』の源流です。
 
 

事件の本質は、家庭にあった?

1970年代、「家庭に居場所がない」と家出をした若者を中心に、千石の活動に賛同して信者になる者が多くなりました。
 
 
みんな自分の意志で共同生活を始めたのですが、後年この共同生活が大きな誤解(事件)の元となります。

信者らは慎ましい共同生活の中で聖書研究に没頭していました(1975年に会の名前を「イエスの方舟」と改めました)が、彼らの家族の“解釈”は違っていたのです。
 
 

1977年ごろ
・「家を出て行ったのは千石に騙されたから」
・「千石に監禁されている」

と信者の家族が捜索願を出します。

それを受けて警視庁が動きますが、信者たちの主張は全く違っていました。

信者はいずれも「家に帰るくらいなら死を選ぶ!」という主旨のことを主張して家族の呼びかけを拒否したのです。

家出するにはそれなりの理由がそれぞれの家庭にあったのでしょうね。

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誤解の海に漂ったマスコミ

次に家族が起こした行動は、直接国分寺市恋ヶ窪の教会に押し寄せての集団抗議でした。
 
 
教会の周りをハンドマイク片手に
・娘を返せ!
・千石を告発しろ!

など繰返し、世間やマスコミに訴えたのです。

ここで問題だったのはマスコミの報道姿勢でした。

事実の解明をし、真実の報道をしなければならないマスコミの立場を結果的に自ら放棄し、

一方的に家族の主張を「是」とした報道(記事)に多くの国民(読者)は事実を見失いました。

家族の訴えを鵜呑みにしたほとんどのマスコミはいわれなき中傷誹謗の報道(記事)を千石氏に投げつけたのです。

・千石イエスよ、わが娘を返せ!
・千石ハーレム
・現代の神隠し

流浪生活の中で事実を訴えた信者たち!

このような状態では布教活道も生活も維持できません。

千石とその家族、千石を慕う信者たちは拠点の教会(国分寺市)を離れ2年以上にわたって全国を転々と渡り歩く生活を続けました。(千石氏の体調不良も布教活動できなくなった理由の一つと言われています。)
 
 
加えて1980年には国会でもこの問題が取り上げられ、警察庁が全国的に捜査を開始する事態にまで発展していきました。
 
 
イエスの方舟が一方的にカルト教団と決めつけられる流れのなか、信者たちはマスコミに必死の思いで書いた手紙を届けます。
 
 
しかし、ここでもほとんどのマスコミは「千石が無理やり書かせたものだ」と決めつけて無視したのです。

千石氏はそのマスコミによって告発されます。

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一縷の希望叶えた「サンデー毎日」

そんな中で常に良識的に動いた一誌がありました。
 
 
サンデー毎日です。
 
 
ほとんどのマスコミが千石パッシングを続ける中で、ただ一誌真実を探ろうとする姿勢を貫いたのです。

他のマスコミから「方舟の宣伝誌」と見下げられてもイエスの方舟を偏りなく評価し、冷静な報道を続けました。

信者の書いた便箋20枚に及ぶ手紙の「真面目さ、一途さ」の中に「一方的に扱われてきた誤解」の解ける「真実の芽」を見出していました。

・難色を示す千石氏を押し切ってまで安息を希求した悩める信者たち
・『方舟』に居つくのに親の了解を得られる環境ではなかった信者たちの苦悩
・やっと掴んだ安息を手放すことなどできるわけがない信者の思い

サンデー毎日のこの「真実を追求する」姿勢が後押しとなり、徐々に会の真相が世に知られていきます。

結局この事件で千石氏は、逮捕されたわけでも刑事罰を受けたわけでもありませんでした。

会の実態も明らかになり、マスコミ報道も沈静化してゆきました。

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冤罪直前の誤解

千石剛賢氏はみんなに「おっちゃん」と親しみをもって呼ばれていたことが信者らの記者会見で明らかにされています。
 
 
もし誤解が解けないままだったなら冤罪に直結する事件ですよね。

社会的に影響力の強いマスコミには常に冷静な判断をお願いしたいですね。

当時のサンデー毎日のような。
 
 
なお、千石氏のその後はほとんど報道されず、2001年12月11日に福岡市の病院で78歳の生涯を閉じたことだけがひっそりと伝えられたそうです。


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