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似鳥昭雄(ニトリ会長)の年収や経歴は?波乱に満ちた人生と家族は?アレがあるから今がある!

創業者 日本の技術 日本文化 生活 この記事は約 10 分で読めます。 999 Views

お、ねだん以上。ニトリ♪のキャッチフレーズおなじみのニトリホールディングス(家具・インテリアチェーン)
 
 

ニトリホールディングスは3月28日、2017年2月期の決算で30期連続での増収増益を発表しました。
 
 

ニトリホールディングスは以前、シャープ本社の土地取得を発表したことでも話題になっていましたが、そんな大企業として有名なニトリをけん引しているのが、創業者の似鳥昭雄会長です。

 
 
似鳥昭雄会長は北海道のNo.1長者で、かつて全国47都道府県のお金持ちランキングトップ10にもランクインしていたほどです。
 
 
そんな似鳥昭雄会長の年収や波乱に満ちたユニーク経歴は大変興味深いものです。

そこで、今回はニトリ創業である似鳥昭雄会長はどんな人なのか?
どのようにここまで一代で築き上げてこられたのか気になったので調べてみました!

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テレビのコマーシャルの「おねだん以上」のキャッチフレーズの通り、リーズナブルなお値段なのに、使いやすくて品揃えが豊富!

そんなニトリ商品にお世話になっているニトリファンって少ないくないですよね^^
 
 

ところで、ニトリという社名が当時社長の似鳥昭雄の名字だったのを今回初めて知りました(;^ω^)
 
 

似鳥昭雄会長のの年収は?

まずは似鳥昭雄(ニトリ会長)の経歴を簡単にまとめておきます

【名前】:似鳥昭雄(にとり あきお)
【生年月日】:1944年3月5日
【年齢】:73歳
【出身】:樺太
【大学】:北海学園大学経済学部(偏差値52)

・1978年5月には代表取締役社長に就任します。
・1986年7月 社名を㈱ニトリに変更 
・1989年9月 札幌証券取引所に株式を上場
・2002年10月 東京証券取引所(市場第一部)に株式を上場
・2005年11月 秋の栄典で藍綬褒章を受章
・2007年   フランス共和国札幌名誉領事に就任
・2008年   Jリーグコンサドーレ札幌のメインスポンサーになったり、母校の北海学園大学に奨学金を設けたりして社会貢献活動も行っている。

1994年3月に樺太で生まれた似鳥昭雄会長は、終戦後に北海道札幌市で育ちます。

御年73歳の日本でも10本の指に入る敏腕経営者です。
 
 

実は、似鳥という字は「にとり」と読むのでなく、「にたとり」と読むらしく、よく間違えられて煩わしいので、「にとり」と読むようにしているそうですね。

 
 

今や日本最大級の家具店に成長したニトリ。

その創業者ともなれば、その年収や総資産額が気になりますよね。

まずは年収ですが、やはり破格の金額を稼いでいます。
と思いきや、「ニトリ社長 年収」で検索すると、1億2000万円と書かれている個人のブログが多く検出されました。
 
 

その額なんと1億2,000万円!!

って・・・予想外に少なくないですか??

 
 
もう少し調べてみたところ、東洋経済新報社オンライン9月21日号(2015年)に 年収1億円超の上場企業役員443人リストがあり、その50位に ニトリ会長・似鳥昭雄氏の名前がありました。
 
 

2015年3月18日に発表されたもので、 2013年5月~2014年4月本決算までの有価証券報告書開示上場企業対象の資料です。

アドレスはこちら
 
 
基本報酬+賞与+業績による報酬 で2億900万円 その他に株式による収入 3700万円で総額 2億4600万円だと判明しました。

出回っていた1億2000万円から見ると2倍以上になっています。
 
 

この2億4600万円が安いか高いかは、難しいところですが高額役員報酬の50位であればまずますのポジションではないかと判断します。

さすが毎年増収増益を重ねているニトリだけありますね。
 
 
それよりも注目すべきは、アメリカ・フォーブス発表による総資産額の2,040億円といった数字ですね。

この資産額は日本人全体で14位に位置しており、その凄さが垣間見えます。
 
 

似鳥昭雄会長の会社運営の方針に「息子はニトリに入れない」というものがありました。

 
 
なので、息子さんは、現在大手印刷メーカー勤務だそうです。

次期社長なのかな?と一般的には思うだけに意外ですね。

そこには似鳥昭雄会長のお考えがあるようで、社内に派閥ができてしまうことを危惧した上での判断です。

 
 
経営に私情は挟まないのが似鳥昭雄会長の考え方。

ちなみに、娘さんはニトリに勤務されているのだとか。

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似鳥家具店を札幌で創業

終戦後、父(のちニトリ会長)が北海道石狩市出身だったこともあり、札幌市に定着し、父は住宅基礎工事会社を経営していました。

とは言うものの、終戦後の混乱期はしばらく父が米を調達して、母が販売するという、ヤミ米屋をしていたそうです。
 
 
生活は楽ではなく、「ヤミ屋、ヤミ屋」とバカにされ、しかも、似鳥昭雄会長は子供のころ、勉強があまりできなかったこともあっていじめられたとのこと。

なにしろ飲み込みが悪い劣等生だったそうなんですよ。

※勉強ができる、できないは会社経営にはあまり関係ないようですねww
 
 

中学時代は、米の配達中、同級生に自転車ごと川へ突き落とされ、どろんこになって帰宅すると、母親に「落ちた米を拾って来い」と言われ、汚れた米を拾って食べたという壮絶な子供時代を経験。

「なぐるのが当たり前」という父親に「米を拾って来い」と言う母親。

こんな感じの壮絶な思春期を送ってきたそうです。

 
 
その後、父の住宅基礎工事会社を手伝いながら高校を卒業するも、4年生の大学は全部不合格になって結局大学は短大に入学します。

そして、短大を卒業してから北海学園大学に編入学しています。
 
 

似鳥昭雄会長は大学時代、任侠映画にあこがれて、高倉健を真似てスナックの未払い金の取り立てのアルバイトをしていて、刃物で切り付けられるという怖い体験もしたそうです。

金の取り立てって回収する立場なのに危ない仕事なんですね!
 
 

大学卒業後、父親のコンクリート会社に入社したのですが「虫垂炎(盲腸)」を患っている中「働け」と言われ、自分の身を守るために
家出をします。

 
 
並みの家族ではありません・・・
その後小さな広告会社に勤務するも契約が一件もとれず半年で解雇されます。

営業が苦手だったのでしょう。
その後いくつかの職についても上記同様クビになってしまいます。
 
 

ニトリと言えば生活に密着した身近な家具店なんですが、実は毎年連続増収増益をしているスゴイ会社!!

バブル崩壊以降の混とんとした日本経済の中でこれほど長きにわたって増収増益を続けてきた会社って数少ないです。

しかも総合職社員のベースアップは14年連続といった優秀さ・・これまた驚きです!
 
 
そんなエクセレントカンパニーを率いる似鳥昭雄会長!

まったく順風満帆な人生に船出ではないご様子でした

就職口もなく、父親にも見放された似鳥昭雄会長は、やむなく自分でお店を創業することになります。

23歳の若さで、経験もない家具店を創業したのは札幌には家具屋が少なかったから売れると思ったとのこと。
 
 

資本金はアルバイトで貯めた100万円だったとか。

ところで当時の100万円といえば大金です。危険なアルバイトで大金を稼いだのですね。
 
 

さて23歳で似鳥家具店を創業したものの、営業が苦手な社長のこと売り上げは上がらず、赤字続きで会社は火の車、自殺も考えたそうです。
 
 
しかし、そこで運命の女神となる現奥様の百百代さんとお見合い結婚。

母親の紹介でお見合い結婚した奥様は高校時代に“女番長”を張っていたこともあってか、度胸満点で商売上手だったそうです。

奥様の百百代さんのおかげで、会社はどん底から這い上がることができたのですが、ここが似鳥昭雄会長が運命に導かれていく強運の持ち主だったんですね
 
 

その後ですが、まだ経営が苦しい中、家具業界向けのアメリカ・ロサンゼルスへの研修セミナーに参加します。

アメリカでは、部屋全体が美しくコーディネートされて、家具は日本の1/3の値段で買えることに似鳥昭雄会長は驚きます。

「生活の豊かさを日本にももたらしたい」と安くて良い家具を日本中に広める決意をし、家具のチェーンストアをめざします。
 
 
この時「低価格」と「トータルコーディネート」が「ニトリ」の原型となったのです。

似鳥昭雄会長のニトリにおける原点は、アメリカでの研修にあったのですが、その思いは実現し、今や本当に「おねだん以上」の安くて良い家具をコーディネートし、日本中どころか世界に広めようとしています。

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不景気の時こそニトリのチャンス

似鳥昭雄会長は「不景気の時こそチャンス」とよく口にされるそうです。
 
 
そのこころというものが、不景気になれば、他の会社は採用を控えるので、良い人材を安い給料で獲得できる。
新しく出店するにも、何でも低価格で入手できるので、ニトリは不景気の時をねらって規模を広げ、大きく成長できた。

だから、不景気の時こそニトリのチャンスだと言うのです。
 
 
毎年増収増益を続けているニトリだからこその余裕ですよね。

他の会社は不景気を乗り切ることだけでも大変なのですから。
 
 

似鳥昭雄会長は、父親の会社から逃げて広告会社に就職し、契約が一件も取れずにクビになって、家に帰った時「何しに帰って来た」と言われて似鳥家具店を創業したそうですが、父親のことは尊敬していたようです。
 
 
その時父親に「人の3倍努力するか、人と違うことをやれ」と言われた言葉を胸に頑張ったということです。
 
 
似鳥昭雄会長が1972年家具業界向けのアメリカ研修を終えて帰国し、似鳥家具卸センター㈱(現㈱ニトリ)を設立した時、父親の似鳥義雄氏を社長にして、自分は専務取締役になったことからも、父親に一目置いていたことはうかがえます。
 
 
父親の似鳥義雄氏の、「ヒトの3倍努力するか、ヒトと違うことをやるかのどちらかを選べ」という言葉を受け、似鳥昭雄会長は、

「人の3倍努力して、人と違うことをやる」の両方をやってきた
のでしょうね。

その結果が、30期もの長期に渡り増収増益を続けることができたニトリの原動力のような気がします。

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似鳥昭雄会長は経済的にも社会的にも成功者なのですが、実は昔は落ちこぼれでも正しい着眼点と努力によってここまで飛躍することができることを示されています。

このことは、多くのビジネスパーソンに勇気を与えその功績は偉大なものではないでしょうか!

 
 

お値段がリーズナブルなだけでなくデザインや機能にも満足されていて、良いものを生み続けるニトリ。

そのような会社の背景や創設者の生き様というのは私たちの人生にも影響を与えてくれますよね。
 
 
大手金融機関の破綻やテロ、大規模自然災害など暗い出来事が相次いだ時代に持ち前の明るさで事業をけん引してきた創業者、似鳥昭雄会長は、さらなる成長を求めその視線の先には業界の巨人、イケアの後ろ姿をもとらえています。

ニトリは今後も頑張って欲しい、私たちの生活に身近な会社さんです!


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